近年の西洋から見る日本のイメージ

by car
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Published on: 2014年4月17日

力士の存在は日本人である我々から見ても異質な存在であります。
異質なものは基本的に倦厭される傾向があるので、事実日本においても汗臭い、
暑苦しい、太りすぎと、力士を嫌がる人もいます。

しかし同時に力士には美しさや力強さがあり、
そういうポジティブなイメージも分る人には分かる状態です。
西欧人にも力士の素晴らしさが分るかというと確かに自信がない面もありますが、
日本的価値観の見直しが最近西欧でも進んでおります。
先ほどの例で言うと、力士のポジティブなイメージの、西欧側からの再考です。

異文化との接触において、イメージには三段階があるように思います。

第一段階は自分達の価値観と異質なものを見て、嘲り笑っている状態。
これが裸の力士を見て原始的と笑っている状態です。

第二段階が異質なものと思っていた文化の、その文化独自の良さに気づく段階。
これが力士の体躯やその裸の様相から美しさや力強さを感じ取れる段階です。

そして第三段階が、第二段階で感じた力強さや美しさに、
確固たる裏打ちがあることに気づくという段階です。
これには実際に力士と組み合ってみるような経験が必要かもしれません。
その膨大な練磨と精進の日々を肌で感じ取り、ようやく本当に理解し、そこに感動が生じます。

第一段階と第二段階のイメージは相互に関係し合いながら、
作られては消え、消えては作られていくものでありますので、
その点に関して拘り過ぎても仕方が無い側面があります。
良いイメージも悪いイメージも、どちらもこの段階のものは表面的なものであり、
偏見と言えば偏見であるのですから、その辺りは一人一人の想像にまかせておいて良いと思います。

考えるべきは、人々が感動を得てより楽しく生きるために、
如何に気兼ねなく第三段階に入っていけるような環境を作っていけるかだと思います。
それには情報の伝達の分野から、現代社会に存在する様々な束縛(一種の偏見を含みます)を解放して、
新たな体系を作っていかねばならないということですので、難解なことではありますが、
そういうことのために人文系の学問であるとも言えます。

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