アルゼンチンのダイマナイト バティストゥータ.

by car
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Published on: 2014年4月17日

アルゼンチンサッカー界で恐るべき得点感覚をストライカーとして名を残す選手がガブリエル・バティストゥータです。
国内リーグでの活躍が認められて代表入りした91年のコパ・アメリカで見事得点王を獲得、それからまもなくイタリアの名門、フィオレンティーナに引き抜かれます。

フィオレンティーナでのその得点感覚をいかんなく発揮、押しも押されぬアルゼンチン代表のエースとしてむかえた1994年大会、初戦となったギリシャ戦ではハットトリックの大活躍、チームはマラドーナのドーピング騒動の影響もあり、決勝トーナメント一回戦でルーマニアに敗退したものの、バティストゥータ自身は5得点を挙げる活躍を見せました。

一方当時所属していたフィオレンティーナは、バティストゥータ自身の活躍もむなしく、セリエB降格の憂き目を見たもののすぐにA復帰、バティストゥータ自身も得点を量産する活躍を見せたものの遂にスクデッドにはたどり着けませんでした。
エースとして迎える事となった1998年フランスワールドカップ、この大会でもバティストゥータは爆発、ジャマイカ戦では2大会連続となるハットトリックを達成、チームはベスト8でオランダに敗退し、ワールドカップから姿を消してしまいましたが自身はこの大会でも5得点を挙げる活躍を見せました。

スクデッドを獲得したいと言う思いが移籍へとかりたたせ、99-00シーズン、遂にフィオレンティーナを離れローマへと移籍します。
ここではトッティ、カフー、エメルソン、中田と言ったチームメイトにも恵まれた事もあり見事スクデッドを達成、バティストゥータ自身も20ゴールを挙げる活躍を見せました。

その後は尻窄みとなり、最後となった2002年のワールドカップでも1得点しか挙げられず、チームも予選で姿を消してしまいました。

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